全国研究発表大会予稿

地域コンテンツ×デザイン経営

メディア事業 「さんち~工芸と探訪~」 新常態型ビジネスモデル-

国際ファッション専門職大学 大島一豊

1.研究概要と目的 

新型コロナ感染症の影響で我々の取り巻く環境は一変した。例えばテレワーク、オンライン授業の台頭などは緊急事態宣言後も新常態となりつつある。職場に便利な所に住居を構える必要性も薄まり、地方に移住する人たちも増加傾向にある。いま、アフターコロナの中、地方の時代が加速化している。

しかし、観光事業は、しばらくインバウンド需要も急激な回復は望めず、国内需要の掘り起こしに注目が集まる。そのような中、本研究は地域資源を有力コンテンツとした新しいビジネスモデルに注目した。それは昨年も取り上げた地域伝統産業を再生する企業である株式会社中川政七商店が2016年にスタートさせた「工芸と旅」をテーマにした産地再生計画(さんち構想)である。この事例をデザイン経営の階層モデルの枠組みで考察することで新常識型ビジネスモデルの方向性を探る。

2.研究方法と考察

創業300年を超える株式会社中川政七商店(奈良市)は、日本の工芸を元気にすることをビジョンにその実現に向けて2016年に産地再生計画(さんち構想)をスタートさせた。この事業には、「産業革命」と「産業観光」のという2つの柱があり、デザイン経営の階層モデル(図1)の枠組みで次のように説明することができる。

図1:デザイン経営の階層モデル

デザイン・マネジメントの体系化―デザインとマーケティングの知識融合

デザイン経営の階層モデルは、上流工程(トップマネジメント層)、中流工程(ミドルマネジメント層)、下流工程(現場)の3階層と7つのモジュール(1)~(7)で構成される。

まず、産業革命とは、工芸の産地構造を抜本的に変革することである。これまで工芸の産地ではその地域内で分業体制にあった。今日の需要減、事業継承が滞り、廃業に陥り分業工程を守ることが出来ないところも少なくない。こういう状況は、産地全体が危機に陥り、結果、伝統産業全体が衰退する。そこで、地域の関連企業同士を統合または提携、資本集約することで製造工程を維持するなど全体で産業の新しい構造をつくる必要がある。つまり、サプライチェーンの整備が急務である。

そのために同社は、2013年からスタートさせた日本市プロジェクトがある。全国の観光地で地域の小規模工芸メーカーとお土産物屋さんを結び、その土地ならではの良いお土産ものの開発と展開。また、2016年から産地巡回型の工芸の祭典「大日本市博覧会」を開催。さらに2017年2月に「日本工芸産地協会」を設立した。いずれも産地のサプライチェーン化をより早く広めるための活動である。

これらは、デザイン経営の階層モデルの(3)デザイン・ミックス(下流工程)(4)総合デザイン(下流工程)(5)マーケティング・ミックス(下流工程)(6)デザイン・マーケティング・ディレクション(中流工程)(7)経営資源投資配分決定(上流工程)である。

図2:地域コンテンツの観光資源化

もうひとつの柱である産業観光とは、産地のサプライチェーン化と同時に工芸品と地域の魅力を観光資源コンテンツ化することである。そこで、地域の経済効果の最大化を狙い継続的な活性化を導くために2016年「さんち~工芸と探訪~」というメディアサイトをスタートさせた。読者と全国の工芸産地をつなぎ、旅のお供にもなる各種機能が充実しているサイトである。つまり、このサイトは、作り手と使い手をつなぐ伝え手の役割を担う。

そもそも産地工芸品は、その地域の特性やその地域の生活の中に溶け込み、その地域にそのものが生れる必然性があった。つまり、地域文化を構成する貴重な要素のひとつである。産地工芸品を単体で捉えず、その地域の食や地域体験(宿泊)などをプラスコンテンツとして全体をデザインしているのが産業観光化である。(図2)

これらは、まさにデザイン経営の階層モデルの上流工程である(1)消費者・生活者・共感者、(2)共感生活空間構築(多次元接点)衣食住知遊のモジュールを重視した事業である。

産地再生計画(さんち構想)では、消費生活者が気に入った産地の工芸品を買えるECサイトや気になった産地を実際に訪ねる旅のおともアプリが用意されている。つまり、知る、買う、訪ねる情報が一体となって、今まで出会えなかった全国の魅力的な産地と消費生活者をつないでいる。

3.結論

アフタ―コロナ時代において企業のマーケティング活動は大きく見直しを迫られ、いかにスピーディに新常態型ビジネスモデルを構築するかが問われている。今回取り上げた株式会社中川政七商店の「さんち~工芸と探訪~」の一連の活動は、地域の伝統工芸をはじめそれに関連する地域資源をコンテンツとして、デジタルテクノロジーによりダイレクトに消費生活者とつながる。

このようにデザイン経営の階層モデルにおける消費者・生活者・共感者(上流工程)共感生活空間構築(多次元接点)衣食住知遊(上流工程)をどう取り込むかが大命題である。いわゆる作り手と使い手を結ぶ伝え手をデザインすることが、これからの社会に適応した新常態型ビジネスモデルのひとつの方向性であるといえる。

参考文献

[1] 菅原正博 「デザイン・マネジメントの体系化 ‐デザインとマーケティングの知識融合‐」宝塚造形芸術大学 紀要 1991年

[2] 株式会社中川政七商店 公式HP https://www.nakagawa-masashichi.jp/

[3] さんち~工芸と探訪~ https://sunchi.jp/

[4]地域伝統ものづくり産業活性化調査株式会社日本政策投資銀行地域企画部2018年7月