全国研究発表大会予稿

デジタル時代に対応した日本的ファッションニューリテール戦略の未来

―カスタマーファーストを実現するOMOビジネスモデルの一考察―

京都精華大学 和田康彦

◆研究の背景

2030年には、国内のEC化率は2割弱にまで近づくと予測されている。(2018年予測は6.2%)アパレルは消費財の平均よりもEC化率が高いので、2030年には3割を超える可能性が高い。つまり、10年後には、ネットとリアルは完全に融合し対立概念ではなくなり、ネットとリアルを行き来する消費行動が当たり前になる。実際、消費の先進国である中国では、アリババグループの創業者であるジャック・マー氏が「ニューリテール」という概念を提唱している。「ニューリテール」とは、簡単に言えば、テクノロジーとデータを駆使し、オフラインとオンラインが融合したリテールビジネスによって、より優れた顧客体験を届けること。同時に小売事業者のビジネス課題も解決する。簡単に言えばオンラインとオフラインを融合し、相乗効果を高めるOMO(Online Merges with Offline)のビジネスモデルである。中国ではすでにスマートフォンのアプリやウェブとオフラインを連動させるマーケティングが盛んに行われているが、日本においても、オンラインとオフラインを組み合わせていかにユーザー体験を高めるかが、アパレルや小売りの成功の鍵となっていくことが考えられる。

◆研究目的

日本国内においては、複数の販売チャネルを活用する「マルチチャネル」販売(小売り)の進化形で、リアル(実店舗)とネット(インターネット通販)の境界を融解する「オムニチャネル」という概念が先行しているが、あくまでも売り手発想の域から抜け切れておらず、現在では形骸化しつつあるように感じる。今後の成功の鍵を握るのは、アマゾン大躍進からも学べるように「カスタマーファースト思考」であり、カスタマーファーストに基づいたカスタマーエクスペリエンスの最大化である。特に今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、ファッションビジネスへの大きな打撃を与え、各社はパラダイムシフトを急がなければ生き残れない状況になっている。つまり、コロナ後の新消費秩序に対応できるビジネスモデルが模索されている。そこで本研究では、日本のアパレルニューリテール戦略を牽引する企業の事例研究を通して、日本的アパレルニューリテール戦略の未来について考察していきたい。

◆先行研究

ユニクロブランドで知られるファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、デジタル・トランスフォーメーションの推進をまさに自らの「CEOアジェンダ」と定め、その実践をリードしている。目指すのは、ユニクロを「製造小売業」から「情報製造小売業」に大変革することだ。

① ビジネスモデル

ユニクロやジーユーを展開するファーストリテイリングは、企画・計画・生産・物流・販売までのプロセスを一貫して行うビジネスモデルで、他社には真似のできない独自商品を次々と開発している。合繊メーカーとの協業で開発した画期的な素材や、高品質な天然素材を使用したベーシックなデザインのブランドとして、世界中でシェアを拡大している。また、ユニクロはLifeWearというコンセプトに基づき、世界中のあらゆる人々の日常を快適にする究極の普段着をつくり続けている。昨今はデジタル化が進んだ現代社会のなかで、顧客とダイレクトにつながり、顧客の要望をすぐにカタチにするビジネスモデルへと進化している。その結果、売上高で世界第3位のアパレル製造小売業に成長。時価総額ではH&M社を抜いて世界第2位へと躍進している。

②「情報製造小売業」への転換

同社が現在目指しているのは、「情報製造小売業」」。お客様がほしいと思う商品をすぐに商品化できる、情報を中心とした新しいサプライチェーンへの変革だ。2017年2月に有明倉庫の6階へユニクロの本部を移転し、本格的に有明プロジェクトを始動。「無駄なものをつくらない、無駄なものを運ばない、無駄なものを売らない」ことを目的に、企画・計画・生産・物流・販売といったサプライチェーンのすべてのプロセスの変革に取り組んでいる。さらに、リアル(店舗)とバーチャル(Eコマース)の融合が、“情報製造小売業”へとサプライチェーンの仕組みを変革していくうえで欠かせないものと考えている。

③顧客満足を高めるビッグデータ活用

2018年夏からは、有明プロジェクトのひとつとして、Googleとの共同プロジェクトをスタート。世界中から集めたビッグデータや膨大な画像分析によって、ファッションで流行する色やシルエットをいち早く分析。同時に同社は、ユニクロとジーユーがすでに持っている膨大な情報も有効活用することで、顧客がほしいと思う商品の企画や、精度の高い数値計画を効率的に行うことにも取り組んでいる。さらに、ユニクロのコア商品をより良いものに変えていく「UNIQLO UPDATE」という取り組みでは、顧客から寄せられた膨大な意見を分析し、商品の細部に至るまで細かい改良を加えることでより快適なLifeWearへの進化につなげている。さらに今後は、人工知能(AI)やアルゴリズムなどの新しい技術を駆使することで、有明プロジェクトを加速させていく計画だ。

④ニューリテールを推進する物流改革

日本を代表する物流機器メーカーのダイフク社との協業により、プロジェクト始動から2年で最新の自動化機器・システムを有明倉庫に導入。有明倉庫はユニクロのEコマース専用の自動化倉庫として、2018年秋からフル稼動。すべての商品にICタグ(RFID)を導入しているため、有明倉庫での商品の搬入、仕分け、ピッキング、検品などの作業プロセスは

ほぼ無人で遂行。24時間稼動のため、繁忙期の人手不足による配送遅延という問題も解決している。今後は、ユニクロ店舗への商品配送でも、自動化倉庫を活用することで、効率化アップを図る計画だ。

⑤Eコマースを成長させ新しいビジネスの形を創造

同社はグローバルで活用できるEコマースのプラットフォームを構築することで、ユニクロ事業だけではなく、ジーユー事業など、グループすべてのEコマースを拡大していくために2019年秋、Eコマース事業すべてを、グローバル・グループ一丸となって活動できる組織に一新している。将来的には、グループでEコマースの売上比率を30%まで引き上げていくという目標を掲げている。2019年8月期実績では、グループでのEコマース比率は11.6%、売上収益は2,583億円。Eコマースの利益率も店舗と同水準と、継続的な成長をめざすことのできる事業基盤が整いつつある。ユニクロ事業では、日本のEコマース比率が約10%、米国では約25%の比率となり、グレーターチャイナと欧州では約20%の比率に達している。

⑥店舗はよりリッチな体験をする場へ

同社は2020年4月には「公園」をテーマにした「UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店」「ジーユー UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店」を。6月には情報製造小売業への変革を目指すユニクロのリアルとバーチャルを融合させた最新型の店舗「ユニクロ 原宿店」と未来のユニクロの魅力が詰まった情報発信店舗「「UNIQLO TOKYO」をオープンしている。ただ商品を販売する場から「よりリッチな体験を提供する場」へ。店舗はオンライではできないブランド体験の提供の場へ。リアルとバーチャルの融合は着々と進められている。

⑦今後は、OMO(Online Merges with Offline)を目指す

同社が目指すのはEコマースと店舗の融合を図ったOMOの取り組みだ。2018年度から「ユニクロ店舗受取り」、「コンビニエンスストア受取り」のサービスを開始。すでに、これらのサービスを利用する顧客は、件数ベースで約30%を占めている。また、大型店でしか買えなかったコラボ商品も、Eコマースで手軽に買うことが可能だ。さらに、顧客の検索回数、購入履歴などをベースにAI (人工知能)が分析し、一人ひとりの顧客興味にフィットした商品を的確に情報発信。最近では、ユニクロとジーユーで導入した「着こなし発見アプリStyleHint」が好評を得ている。StyleHintは、世界中の着こなしをチェックできたり、画像検索で着こなしのアイデアを探せるアプリで、画像解析技術によって、StyleHint 上で顧客がほしいと思った商品に似たデザインのユニクロやジーユーの商品を選び出し、顧客に提案。StyleHint 上で得た情報をもとに、Eコマースや店舗で購入する顧客も増えている。

有明プロジェクトでは、Eコマースと店舗の相乗効果を高める変革を部署横断で推進。例えば、Eコマースの効率アップのためのプラットフォームの再構築、Eコマースで購入した顧客にすぐに商品を届ける物流改革、Eコマースと店舗の在庫一元化による欠品防止への取り組み、売れ筋商品を短期間で追加生産する仕組みづくりなどだ。このようにファーストリテイリング社はEコマースと店舗を融合させた、世界で最も先進的な小売業を目指している。

◆日本的ファッションニューリテール戦略を実現する7つの原則

世界を代表するファーストリテイリング社の事例研究から、低迷する日本のファッション産業がニューリテール戦略を実現していく上で重要となる7つの原則が見えてきたので紹介しておきたい。ニューノーマル時代を生き抜くためのヒントになれば幸いだ。

①ファッション産業は「人々の生活や心を豊かにするもの」という原点への回帰

②顧客ファーストを起点にしたビジネスモデル変革(デジタルシフトの推進)

③自社のコアを軸にしたブランド力強化と顧客との生涯にわたる絆づくり

④顧客の生活スタイル変革への対応(例えば在宅勤務やアウトドア志向の高まり)

⑤OMO (Online Merges with Offline)の推進

⑥循環型社会(サスティナブル社会)への対応

⑦ジョブ型雇用の推進と自律型人材の育成

以上