2019年11月21日
ルス・スティーブンス氏との懇談内容

◯当日のルス氏のお話を以下、日本語翻訳して掲載します。

「ダイレクトマーケティングの行方」
I  過去 20 年間のダイレクトマーケティングの変化
本日のプレゼンの全体を通してのテーマは、ダイレクトマーケティングにかかわる意味の混乱です。というのは、米国においてはいまだにダイレクトマーケティングとは何なのかに 関する合意が確立していません。
最初のトピックは、ダイレクトマーケティングの変化です。これは非常に幅が広いのですが、 中でも大きな変化はインターネットによるものです。インターネットが、DM の何から何までを大きく変化させたのです。

まずはインターネット以前と今日を比較してみましょう。インターネット以前のダイレク トマーケティングは、カタログビジネスを展開している企業にとっては通信販売であり、その他の広告主にとってはコミュニケーション・チャネルとしてのダイレクトメールでした。

そしてインターネットが登場すると、我々ダイレクトマーケターは、これこそがダイレクト マーケティングのチャネル/メディアだと思いました。Amazon のジェフ・ベソスもこのように考えており、 “The Internet is direct marketing on steroids”と語っています。

これを聞いた我々は、まさに我々の時代がやってきたと思いました。かつて通信販売は小売 業売上高の3%程度に過ぎず、ダイレクトメールはテレビ等と比べて魅力のない低所得者向けのコミュニケーション・メディアだと思われていましたが、インターネットをダイレク トマーケティングのチャネル/メディアと捉えることで、こうした過去の好ましくないイメージを払拭し、新しい時代を創造できるのではないかと考えたのです。

しかし残念ながら、これが実現することはありませんでした。なぜならば、インターネット をマーケティング・ミックスの中に取り入れるに当たって、マーケターはそれをダイレクトマーケティングではなく、デジタル・マーケティングと呼んだからです。それがダイレクトマーケティングであるにもかかわらず、ということです。

これに伴い、我々ダイレクトマーケターは、また新たな課題を抱えることになりました。そ もそもロークラスで安っぽいイメージを背負ってきたことに加えて、前述したジェフ・ベソ スの発言にもかかわらず、インターネットの世界の人たちから無視されたのです。

もうひとつ興味深いのは、マルチチャネル(またはオムニチャネル)時代の到来です。小売 業は当初、EC に大きな脅威を感じていました。かつて店舗小売業は、通信販売をいとも簡 単に無視することができました。仮にカタログを製作したとしても、店頭で顧客に配布して いるだけで、通信販売で受注している企業はごく少数に過ぎなかったのです。

しかし、EC の時代が到来したことで、そうもいかなくなってきました。なぜならば、生活 者がインターネットを買い物体験の一部として求めるようになってきたからです。こうし た中、この 10~ 20 年ほどの間に店舗小売業は徐々に EC に対応してきました(製造業に おいても同様ですが、この点については後述します)。今日はその好例として、Walmart の 事例を紹介しましょう。

Walmart は米国最大の店舗小売業であり、小売業としての多様化を推進するためのテクノ ロジーへの投資で定評があるのですが、彼らは時間こそかかったものの、徐々にデジタルチ ャネルへの対応を進めていきました。ちなみに、これからお話しする事例の大半は、米国外 での EC 企業の買収にかかわる取り組みになります。

彼らは 2007 年に EC と店舗の在庫を統合して、オンラインで注文した商品を店頭で受け取 る「Site to Store」サービスを開始。2012 年には中国の EC 企業である Yihoudian、2016 年 にはアマゾンの競合である Jet.com、2017 年には ShoeBuy.com 等、2018 年にはインドの Flipkart といった具合に主に海外の EC 企業の買収に乗り出しました。つまり興味深いこと に、海外における彼らの主な戦略は、店舗ではなく EC だったのです。

ここに来るまでに時間はかかりましたが、今ではあらゆる企業がオムニチャネルに向かっ ています。オフラインの通信販売会社は簡単に EC に参入できるようになり、EC 専業企業 は店舗展開に乗り出しています。一方で店舗小売業は、オムニチャネルの名の下で EC に乗 り出しています。私はこうした店舗小売業を目にするたびに、「この会社もダイレクトマー ケティングに参入したんだ!」と思うのですが、彼らはあくまでもオムニチャネルを推進し ているだけで、ダイレクトマーケティングを展開しているつもりはありません。すなわちこ れは用語の問題なのです。

一方で、EC 専業企業も店舗展開に乗り出しています。アマゾンも当初は EC 専業としてス タートしましたが、今では店舗展開に乗り出しています。皆さんは、zero stuff all robotics store をご存じでしょうか? これは入店時にあらかじめダウンロードしておいたアプリを起動すると、店舗側が顧客を認識するかなり実験的な取り組みです。

このほか、メーカーの流通戦略が変化、多くのメーカーが直営店を出店したり、D2C の名 の下でエンドユーザーへの直販に乗り出したりしています。かつて流通チャネルは大きな パワーを持っており、メーカーがエンドユ―ザーに直販でもしようものなら文句を言った ものですが、今では時代が変わり、メーカーが直販チャネルを持つことに理解を示すように、 あるいはこれを認めざるを得ないかのようになってきたのです。

今やコカコーラでさえも、エンドユーザーへのダイレクトなチャネルを保有しています。 と言っても、何もコカコーラの 6 本パックを EC で販売しているというわけではなく、コカ コーラに企業のブランドや誕生日を迎える友人の名前などを記すことができる特別な商品 を用意して、これをエンドユーザーに EC で直販しているのです。

これは販売も容易ならば購入も容易で、コストも嵩まない、まさに誰にとっても優れた仕組 みと言えます。しかし、ダイレクトマーケティングに目を向ければ、そこにはいくつかの問 題点があります。すでに挙げた言葉の問題もそうですが、それ以外に大きな問題点が2つあります。

1つはダイレクトマーケティングに関する規制の問題です。例えば 1970 年代には、出版社 などによるスゥイープステイクスと呼ばれるマーケティングが問題にされました。私は 1980 年代に出版業界にいたのですが、マーケター達は「100 万ドルを進呈します!」とい った麻薬のようなオファーで顧客のレスポンスを増加させたかと思えば、アージェンシー と呼ばれるダイレクトマーケティングの伝統的な仕掛けも多用していました。これは「先着 〇名様に✕✕を差し上げます!」というものです。

しかし、こうした極端なオファーが年々、エスカレートした結果、顧客が当局にクレームを 申し立て、規制が強化されることになりました。当時のスゥイープステイクスは麻薬のよう に作用していたため、規制が設けられたことで、我々のレスポンス率は低下することになり ました。マーケターの行き過ぎたオファーに社会が NO を突きつけたのです。

2 点目は、現在、我々が直面しているプライバシー問題です。データ・セキュリティの問題もありますが、プライバシーは我々マーケターの生死にかかわる問題と言えるでしょう。というのは、GDPR(General Data Protection Regulation:EU 域内の個人データ保護を規定する法律)は、我々の見込客開発のパワーを大きく低下させることになるでしょう。社会が ここに来て再び、我々のビジネス・プラクティスに NO を突きつけているのです。したが って我々は、変わっていかなくてはなりません。皆さん、CCPA(カリフォルニア州消費者 プライバシー法)はご存じだと思いますが、これが施行されたことは、今後、GDPR 的な規制が米国でも開始されるであろうことを示唆しています。

さて、冒頭で述べた話に戻りましょう。すなわちデジタルマーケターはダイレクトマーケティングを展開しているにもかかわらず、これをダイレクトマーケティングとは呼ばずに、別の用語を用いているという話です。私からみれば、これはダイレクトマーケティングにかか わる3つ目の問題です。

ここにダイレクトマーケティングを意味する 10 の用語があります。
・Digital marketing
・Data-driven marketing
・Direct-response communications
・Response marketing
・Accountable marketing
・Revenue marketing
・Measurable marketing
・Integrated marketing
・Relationship marketing
・E-commerce, mail order
・Direct-to-consumer(DTC※) ※日本では一般に D2C と表記する。

これは言ってみれば、ブランディングの問題です。ダイレクトマーケティングは誤解された 挙げ句、自らの名称を失っていると言えるでしょう。米国では未だに、ダイレクトマーケテ ィングをダイレクトメールのことと勘違いしている人が存在します。これは悲劇とも言うべきことです。

ダイレクトマーケティングは、レスター・ワンダーマンが生み出した用語です。そして今では多くの企業がダイレクトマーケティングを展開してはいますが、別の呼称を用いており、本質的には誰もこれが意味するところを理解していないのです。

ダイレクトマーケティング業界の人々はこの言葉を知ってはいますが、誰も我々のように は理解していない。最も歴史的で、かつわかりやすいのはカタログ通信販売と EC という理解ですが、Avon や Amway、Herbalife といった訪問販売、マルチレベルマーケティングと 混同している人もいます。またそもそも、ダイレクトマーケティング業界が意味するところさえも、確立しているとは言えません。

そのような中で DMA はどうすれば生きながらえていけるのでしょうか? 誰もその意味 がわからなかったり、それぞれが把握している意味にバラツキが生じたりしている。これが、DMA がうまくいかなかった一因なのです。

最後に、ご参考までに私自身の定義をお伝えしておきましょう。私たちが取り組んでいるのは、データベースに基づき直接のレスポンスを発生させることで、効果を測定したり、テス トを行ったりすることができるコミュニケーションです。だから私はインターネットによるコミュニケーションや EC がダイレクトマーケティングだと考えたのですが、これはあく までも私個人の考え方ということで受け止めてください。ただし私は、ダイレクトマーケテ ィングという言葉の生みの親であるレスター・ワンダーマンも同様に考えていたのではないかと思っています。

II  ダイレクトマーケティングの未来

私たちはインターネットという道具立てを手にしました。そしてこのインターネットは、私 たちにまったく新しいタイプのビジネスを可能ならしめています。先に私は、インターネッ トはデータドリブンのダイレクト・レスポンス・コミュニケーションを行うダイレクトマー ケティング・メディアであると述べました。しかしそれだけではなく、往年のカタログ通信販売に限りなく類似した、まったく新しいビジネスモデルを創出しているのです。

例えば、Dollar Shave Club がそうです。これは 2011 年に創設されたコンティニュイティ・プログラムで、2016 年にユニリーバにより 10 億ドルで買収されました。これは毎月、契約 者に剃刀とシェービングクリームなどから構成されるパッケージが送られてくるという継続的なプログラムです。

このほか、SaaS(Software as a Service)、すなわちクラウドベースのソフトウェアの販売も 活況を呈しています。これは我々ダイレクトマーケターが長年にわたり取り組んできた(顧 客の開発のみならず)顧客の維持にフォーカスしたサブスクリプション型のビジネスです。

こうしたサブスクリプション型ビジネスのマインドセットは、今や多くのテクノロジー系 企業により取り入れられています。ダイレクトマーケティングにおける基本的な考え方で ある顧客の維持が重要であることへの理解が浸透し、データ収集に注力するようにもなっ てきたのです。

このほか最近では、マットレスの通信販売で知られる Casper にも注目が集まっています。 また、Blue Apron は、夕食材料提供サービスを提供しています。香辛料に至るまでの夕食 材料をボックスに収めて配送するサービスです。買い物をしたり、食材を保存したりする手 間をかけずとも、必要な人数分の夕食材料が必要な時に届けられ、あとは調理するだけで、 手作りの食事が楽しめるわけです。このほか NETFLIX がサブスクリプション型のビジネ スを提供しているのは、皆さんご存じの通りです。

※Casper

https://casper.com/

※Blue Apron

https://www.blueapron.com/

※NETFLIX

https://www.netflix.com/jp/

さて、私なりのダイレクトマーケティングの定義に則るならば、デジタル化に伴い、あらゆ る企業がダイレクトマーケティングを展開するようになりました。そして一方では、プライ バシー問題も取りざたされるようになりました。また、パーソナリゼーションなどマーケティングのテクノロジーが次々と登場すれば、新たなデータソースも登場しています。こうし た中、今後はあらゆる企業がダイレクトマーケティングを展開するようになるでしょう。

実際にインターネットの世界では、クリック数やコンバージョン数といったデータが捕捉 され、コスト・パー・クリックやコスト・パー・リードなど、ダイレクトマーケティングの世界で我々が使っていたものと同様の KPI が使われています。それをダイレクトマーケテ ィング、あるいはダイレクト・レスポンス・コミュニケーションとは呼ばなかったとしても、その実、あらゆるマーケティングはダイレクトマーケティングになってくるのです。

貴学会のことは、私は深くは存じ上げませんが、システマティックなリサーチ組織としての 将来をお考えであれば、そこには洋々たる未来が広がっているのではないかと思います。具体的には以下 資料に示したような、さまざまなテーマが考えられるのではないでしょうか。